雨降ってなんとやら

雨降ってなんとやら

好きな四字熟語は諸行無常です

複数ジャンル掛け持ちオタクと2020年3月

突然だが、2020年2月半ばに私の手帳に記載されていた2020年3月の外出予定を見て欲しい。

3/3〜 ナショナル・ギャラリー展@国立西洋美術館
3/6 劇場版ウルトラマンタイガ公開日
3/6 SideMプロミ2020前日物販
3/7 SideMプロミ2020Day1(ライビュ)
3/8 SideMプロミ2020Day2(ライビュ)
3/21〜4/5 ウルトラヒーローズEXPOニュージェネレーションワールドinソラマチ
3/21、22 AnimeJapan
3/28 劇場版Fate/stay night [Heaven's_Feel]最終章公開日
3/28 ウルトラヒーローズEXPO THE LIVE横浜公演(THE LIVE千秋楽)

そして3月末日現在、これらの予定がどうなったかというと。

3/3〜 ナショナル・ギャラリー展@国立西洋美術館、開幕延期
3/6 劇場版ウルトラマンタイガ、公開延期(延期先未定)
3/6 SideMプロミ2020前日物販、中止
3/7 SideMプロミ2020Day1、公演中止
3/8 SideMプロミ2020Day2、公演中止
3/21〜4/5 ウルトラヒーローズEXPOニュージェネレーションワールドinソラマチ、開催中止
3/21、22 AnimeJapan、開催中止
3/28 劇場版Fate/stay night [Heaven's_Feel]最終章、4/25に公開延期
3/28 ウルトラヒーローズEXPO THE LIVE横浜公演(THE LIVE千秋楽)、公演中止

事実上の全滅である。
映像見る体力減ってるな〜やべ〜などとブログを使ってまで宣っていた昨年の今頃が最早懐かしい。それどころじゃねえぞ一年後のお前。
k-iruka417.hatenablog.com

このブログの記事の一貫性の無さから分かるように、私はそれなりに多くのコンテンツに手を出しているオタクである。

基本的に好きなコンテンツが沢山あると人生は楽しいのだ。何しろ好きな物が多いので常に何かしらの好きな物からコンスタントに供給がある。
それは別に現場があろうと無かろうと同じである。現場は無いがコラボカフェがあるとか、推しの新規絵が出たとか、推しの新曲とか、推しのラジオとか、コミカライズで推しが輝いているとか、推しのプレイアブル実装とか、推し上位イベントとか、推しメイン回があるとか、そういうのを複数のコンテンツで積み重ねて、複数ジャンル掛け持ちオタクは楽しく生きている。

だが、現場や劇場版公開というのはやはり格別なのだ。
チケットを取って席番と会場の座席表を見比べ、稽古やリハや別日の公演についてのキャストさんのSNS更新を見て、見に行くつもりの映画館の上映スケジュール更新がないか毎日のように確認し、スタッフさんキャストさんの試写を見てきた報告にわくわくし、そうやって楽しみを積み重ねるのである。それがだいたい一ヶ月くらい続いているし、イベント開催・公開日発表のタイミングによっては公開日や公演当日の半年〜三ヶ月以上前からその日を楽しみに待っている。場合によっては公開日に初回を劇場で見てそこから別のイベントの現場に行く、つまり梯子を楽しみにしたりするのである。
だが今回、それがまとめて綺麗に全部吹き飛んだのである。毎週のように何らかの楽しみがあったはずの三月の予定の数々は虚無と化した。

最近はストレスのせいか大きい音を聞くと目眩やら吐き気やらが込み上げるようになった。酷い時は空調のゴーっという音だけで吐きそうになる。
元から聴覚が敏感なので大きい音は苦手なのだが今回のは流石にひどいとお医者さんに診てもらったら原因は恐らくストレスなのでストレスと大きい音避けて生活してくださいと言われた。
大きい音はまあ耳栓とイヤーマフさえあればなんとかなるのだ。
ストレスの元凶はどう考えてもイベント軒並み中止延期、そして出勤という行為そのものだ。だが社畜に人権は無いので在宅勤務という選択肢すら与えられていないのである。人権が欲しい。人権があれば多分耳の問題は解決する。
もしくは非課税の現金が5000兆円欲しい。それだけあれば人権と健康と安全が金で買える。

だが悲しいかな現実の私の手元には人権も現金5000兆円もない。
なのでどうにか自分で自分を生かす為に日頃の楽しみにプラスしてフィギュアーツを4体買ったりぬいぐるみを2体買ったり無人島の開拓に精を出したりFGOコミカライズの推しが最高な回を一から全部読み返したりギリギリまで絞った音量のスマホやテレビでHuluやアマプラで好きな話を無限再生したりアニサマのSideMとウルトラマンの所をひたすら再生したりするのである。

勤務先にも社会にも国にも住んでる自治体にも現実全般にも何もかもとにかくムカついているというのが現状だったりするのだが、とにかく今は自分で自分を延命する為に落ち着く事を心掛けている。実行出来ているわけではない。実行出来てたら多分この記事は書いてない。
それでも生きていくしかないのだ。夏になれば私にはウルフェスにSideM5thにFGOフェスがある。
あくまで「予定」だがFGOフェスのチケットはもう取ってある。SideM5thのチケットスケジュールがなかなか発表されない事や例年なら新番組発表より先に発表になる筈のウルフェス開催が発表されずに新番組の発表があったのが怖くて仕方ないのだが、とにかく今は
私に出来る事をして生きていくしかない。

一先ず今は、毎年恒例のSideMの全力投球発狂エイプリルフールを楽しみにする事にしている。SideMのエイプリルフールがあれば向こう2ヶ月は笑っていられる気がする。何が来るかまるで分からないが元気になれる事だけは分かるという信頼はある。
あとは劇場版タイガ公開前特番の本編シーンでしれっと出ていた霧崎に飛び蹴りするヒカルさんのインパクトが強烈すぎてそのシーンを思い出すだけであまりない食欲が湧いてくるレベルなので延期にもそう悲観的にならず公開を楽しみにしていようと思う。師匠の元親友の極悪人に飛び蹴りする弟子とかいうシチュエーションは強すぎる。

ちなみに4月には初めての同人誌即売会サークル参加を予定していたのだがそっちも延期になったのでその話はおいおい別の機会にしたいと思う。

落とし所が見つからなくなってきたしもうすぐ4月になってしまうので、この記事はここで終わりとする。
この記事を数ヵ月後に読み返した時の私が、「あの頃は大変だったなあ」と苦笑いしていられる程度には健康で、推しコンテンツ達も平常稼働出来るようになっていることを願う。

2019年個人的楽曲大賞

選考基準:今年リリースされた(円盤・配信問わず)、今年発表された曲から管理人が今年特に心を掴まれた曲。
大賞1曲、金賞4曲、銀賞8曲、特別賞3曲の枠で選考。

管理人は最近アニメを全然見ていないしオタクコンテンツの新規開拓をそれほどしなくなっているので、選曲にとてつもなく偏りがある。
ただし追っているコンテンツがコンスタントに新曲を出すので対象の曲数はそこそこ多い。

大賞

冬沢亮×千秋貴史(CV:斉藤壮馬小西克幸

TVアニメ『スタミュ(第3期)』第8話挿入歌

私は基本的にアガる曲・民族楽器を多用する曲・EDMを好みがちな人間だし、この記事であげている曲もそういう曲が大多数で、スタミュでもそういう曲をすきになりがちだ。
だが、この曲はバラードである。
そして私は、「今年いい曲には沢山出会えたが大賞はこれしかない」と思った。
歌詞、メロディ、伴奏、歌唱、全てにおいて「優勝」している、とてつもないクオリティのバラードが、最終シリーズに登場した新キャラ2名によって繰り出されたのだ。

冬沢に手を伸ばそうとする千秋とその手を振り払い前だけを見る冬沢、それでも2人だけが知っている同じ痛み、秋と冬はいずれ別れて行く季節としてもほんの一瞬確かに触れ合っている、そんな切なさと美しさが込められた歌詞。そしてそれを情感込めて歌い上げる歌唱力。
この曲が披露された時点ではこの2人の過去ははっきりと語られはしなかったのだが、それでも放送時にこの曲と共に流れたMV演出はあまりにも美しくそして切なく。幼い頃は同じ道を並んで歩いていた2人の道が分かたれる何かがかつてあったこと、それでも2人の中にはずっと幼い頃の美しい思い出が美しいまま残っている事が言葉ではなく映像で語り上げられていた。
two of us(オレ∕俺たち2人)」というタイトルを冠する通り、この曲はどこまでも2人の内面世界を描いている。だが冬沢はどこか遠くを見ていて、千秋はそんな冬沢を見つめている。己の夢が互いを傷付ける事を知りながらも、2人とも歩みを止める事はしない。それでもどこかで触れ合える瞬間を、諦めながらも無理だと悟りながらも望んでしまう。深い祈りのように、切ない嘆きのように。
伴奏はストリングスの響きの美しさが印象的だ。雑誌インタビューで藤平音楽Pが何度か語っていた「バイオリン・ビオラが千秋、チェロ・コントラバスが冬沢」というコンセプトが美しすぎる。なにそれ?キャラ的にもCV的にも逆になりそうなところをスタミュはそうじゃねえのだ。
ボーカル2人の相性も素晴らしいのである。朝の雪原を思わせる冬沢の少し高い声と、紅に染った山々を映す穏やかな湖のような千秋の低い声。この2人の歌声が重なった時、優等生らしく発声も音程も正確なのに脆さと儚さを秘めた冬沢の歌声を、奥底に温かさと優しさを秘めた千秋のしっかりとした低音が支える形となって美しいユニゾンが生まれている。このあまりに美しい音楽をたった2人だけで紡げるということそれ自体が、2人の中に確かに在る互いへの思いの証左なのだろう。
兎にも角にもこの曲の全てがとんでもないクオリティなものだから、この2人の間にある感情を「クソデカ感情」というネットミームで片付けてしまうにはあまりに惜しい。
まあ千秋は確実に冬沢に対する巨大な感情をぐちゃぐちゃに拗らせているのだが。まさかこの曲が来た後で千秋が10話でもっととんでもないアクション起こすとは思ってもみなかった。この2人の背景が語られた円盤特典5巻のドラマCDもとんでもなかった。感情が大きすぎて消化にちょっと時間がかかった。
恐らく2人の関係はこれから少しづつ、目には見えないほど、本人達すら自覚しないくらいゆっくり変化していくのだろう。当ブログの管理人は千秋貴史と冬沢亮のとてつもなくゆっくりだが着実な歩み寄りをあの手この手で応援している。

余談だが今年は秋なんだか冬なんだかよく分からない期間がかなり長く紅葉も遅れており、私の住んでる地域(神奈川)ですら紅葉が散っていないのにみぞれが降るという状態になったので「季節触れ合ってる期間今年は異常に長いな……」と密かに思っていた。どうも今年の酷暑が原因らしい。入夏が頑張ってくれたお陰で千秋が粘れてるんだな、と勝手に思う事にした。

金賞

Buddy, steady, go!

寺島拓篤

TVドラマ『ウルトラマンタイガ』OPテーマ

金賞銀賞決めるのは割と迷っていたのだがこの曲は絶対に金賞だと思った。今年の大賞と違う年にリリースされてたら確実に大賞になっていたまである。それくらい好き。
まず第1話アバンでいきなりサプライズのニュージェネヒーロー大集合、OPの小野大輔氏のかっこいいナレーション、そしてデーンデーンデーンデーンデデデデデッデデーデデデーン!!と高らかになるイントロ。歌詞中で何度もヒーローの名と変身の掛け声が流れる圧倒的王道スタイルの特撮ソング。OPが流れ終わった時「これは勝ったな……」と思った。「作曲:渡辺チェル」のOPに外れはない。歴史がそう語っている。
寺島さん作詞の歌詞は超絶王道のヒーローソングなのだがニュージェネファンとしては各ニュージェネヒーローのモチーフが歌詞に盛り込まれているのも堪らないし、タイガの父親であるタロウのモチーフも盛り込まれている。
個人的にグッときたのはサビの歌詞だ。1番サビの「君だけの答えが待つ銀河へ」はニュージェネの始まりであり今やリーダーとなっているギンガ。2番の「あの彗星みたいな」は恐らくタイガのちょうど先代にあたるロッソとブルのことを指している。ここまで歌詞を作り込んでくれた寺島さんにはもう一生頭が上がらない。寺島さんの家の方に足向けて寝れない。
アニサマで披露されてタイガがサプライズ出演したのを知った時は結構本気で「なんで今年のアニサマのチケット取らなかったの?!??!!!!?!!」と己を殴った。ちょっとでも可能性を感じたら迷わずチケットを取っておくべきなのだと思った。現地に行っていたAqoursのオタクの弟からは「寺島くんかっこよかったよ」のLINEが来た。羨ましいよこの野郎。ちなみに翌日OxT内田雄馬さんがコラボで「Hands」歌ったと知った時も自分を殴った。私はトレギアもめちゃめちゃ好きなのである。
だが12月に開催されたツブコンのゼロ10周年&ニュージェネステージで寺島さんが不在のオーイシお兄さんの代わりにHandsをカバーして(当然ロッソ&ブルや湊兄弟と共演してHandsの振り付けも湊兄弟と一緒に踊ってくれた。贅沢すぎる)さらに当然Buddy, steady, go! を歌ってくれたものだから私の中の何かが成仏した。

なお、この曲が収録されているCDはカップリング曲までウルトラマンを強く意識して作成されているので、そちらも是非とも聞いて欲しい。
それと最後に、この曲のタイトルがタイガ最終回のサブタイトルに使用された点にも触れておくべきだろう。最終回サブタイトルがOP曲タイトル。オタクが大好きなやつである。

相葉夕美(CV:木村珠莉)、安部菜々(CV:三宅麻理恵)、城ヶ崎莉嘉(CV:山本希望)、多田李衣菜(CV:青木瑠璃子)、新田美波(CV:洲崎綾)

ゲーム『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』収録曲

こんな浮かれぽんち全開の可愛い曲がこの世に存在していていいのか?!と初めて聞いた時に衝撃を受けた1曲。
恋する誰かの浮かれたときめきをキャッチーなメロディで軽やかに歌いながら(どことなくゆずっぽいなと思ったが、ゆずの北川さんが書いているので当たり前である)アイドルコンテンツの楽曲らしくコール要素も盛り沢山というとんでもなく贅沢な曲。聞いてる時の多幸感が凄い。
当たり前だけど長年ミュージシャンを本業に活動してる人ってめちゃめちゃいい曲書けるんだな……と思った。

I beg you

Aimer

映画『劇場版Fate/stay night Heaven's_Feel 第2章 lost butterfly』主題歌

本編が終わり呆然としながら映画館の椅子に座ってエンドロールを眺める中で流れているこの曲が刺さること刺さること。
前作主題歌の「花の唄」も凄かったが、何故ここまで完璧に強烈に鮮烈に間桐桜という少女が持つ多面性を表現出来るのかと。
歌詞もメロディもここまで完璧に映画に寄り添った曲を書く梶浦由記さんも凄いのだがそれを完璧に映画の世界観にマッチした陰のある歌声で歌い上げるAimerさんも凄まじい。
「ねえ輪になって踊りましょう 目障りな有象無象は全て食べてしまいましょう」……この歌詞がスクリーンから聞こえて来た時には、映画のとあるシーンを思い出して背筋が凍る思いがした。
HF2章は今年見た映画の中で一番印象に残っているのだが、映画を支えるこの曲の力は非常に大きいと思った。第3章の主題歌もAimerさん&梶浦由記さんが担当するということで非常に楽しみである。

もくろみインディアNight

天ヶ瀬冬馬(CV:寺島拓篤)、猫柳キリオ(CV:山下大輝)、秋月涼(CV:三瓶由布子)

ゲーム『アイドルマスターSideM LIVE ON STAGE!』収録曲

ワートレ発表時から待望されていたインド曲である。
マハラジャの冬馬、商人のキリオ、盗賊の涼の3人が織り成す物語仕立ての楽曲はインド映画のイメージを彷彿とさせる豪華絢爛さ、しかしSideMらしい青い爽やかさも効いていてまさにSideMにしか作れないインド曲だと思う。いきなり「三日月のポーズでリフレッシュ」「歪み改善」なる歌詞が出てくるあたりの若干の様子のおかしさもSideMらしくて最高である。
ライブでやる時は大サビでインド映画よろしく出て来れるアイドル全員ステージに上げて踊って欲しいと勝手に考えている。

銀賞

Magic Time Maker

team鳳&team柊&team楪&team漣

TVアニメ『スタミュ(第3期)』第6話挿入歌

まずこの曲が使用された話数での狂気のダンス作画と同時にこのとんでもない曲をぶつけられた時開いた口が塞がらなくなった。
スタミュはこのCGダンス全盛期のご時世に手描きダンス作画に拘り続ける作品だが、とうとう手描き作画で14人のフォーメーションダンスを動かしたのである。最近全然アニメ見てないけど割と狂気の沙汰だということは流石に分かる。
そして曲がめちゃめちゃいい。壮大なオケと重なる14人の旋律が聞いていて本当に気持ちがいい。
作中設定だとこの曲を作ったのは入夏なのだが、まだ学生だと言うのに作中に出てきた入夏制作曲全てクオリティが高すぎる。入夏は卒業したらクリエイターとして忙しくなるのではないだろうか。
なお、この曲はハモリが複雑だからと仮歌14人全員分別々に作ったと藤平音楽Pが雑誌インタビューで語っているのを見てまた「正気か???????」となった。

月曜日のクリームソーダ

Jerry PoP Beans

ゲーム『アイドルマスターミリオンライブ!

シアターデイズ』収録曲
レトロフューチャーというジャンルが存在することをこの曲で初めて知った。
どことなく60〜70年代の洋楽を彷彿とさせる曲(当方の勝手なイメージ)で、曲の世界観もその時代のアメリカを彷彿とさせて可愛い。とにかく可愛い。可愛いので好き。みんな可愛い。
諸事情でミリ6thはライビュすら見に行けなかったので、この曲の初披露を見れなかったのが今年の心残り。タップダンス見たかった……。7thこそは……いつか機会があれば……!

starting the case: Rail Zeppelin

梶浦由記

TVアニメ『ロード・エルメロイII世の事件簿
  • 魔眼蒐集列車 Grace note- 』OPテーマ

アニメのOPでインスト曲?!と放送時びっくりした。だがこれが事件簿の作風にめちゃめちゃ合う。
OPがインスト曲って洋ドラみたいでめちゃめちゃかっこよくないか……?かっこいい……
事件簿アニメ放送前のGWにFGOで開催されていたコラボイベントの時点でサントラの購入を決断した位には事件簿は劇伴が良かった。

バナナチョモランマの乱

悠木碧

今年になってから悠木碧さんのTwitterをフォローするようになったのだが、それでこの曲が収録されたアルバムのリリースを知る。まずタイトルがキャッチーすぎる。キャッチーとかそういう言葉で収まらない掴みの力がある。聞いてみたらめちゃめちゃ面白い曲だった。
メインのボーカルは悠木さんの地の歌声なのだが、なんと曲の途中で何度も声が切り替わる。やんちゃな少年、色っぽい(?)お姉さん、おばあちゃんと、悠木さんの持つありとあらゆる引き出しがこの曲の中で堪能出来る。なのだが、歌詞が意味不明。いや、きっと考えてはいけないのだと思う。
「なんだかよく分からないけど面白い」、そういう曲である。

ダイヤモンドノオト

八代拓 ※「8P」名義のソロ曲

若手男性声優ユニット「8P」は2019年1月から8月にかけて、メンバーのソロ曲を各月8日に1曲ずつ配信する試みを行った。各曲それぞれの配信月とメンバーのカラーがイメージされている。
この曲が配信されたのは6月。八代さんのカラーは黄色である。
梅雨の湿気を吹き飛ばす勢いと水たまりに反射してギラギラ輝く光を思わせるパンクロックながら、八代さんの柔らかな声質でギラつきよりも爽快感が際立っている。サビで伸びていく音が聞いていてとにかく気持ちいい。

Lightblue wind

ランズベリー・アーサー ※「8P」名義のソロ曲

こちらは「4月」「水色」がモチーフのソロ曲。
水色の爽やかな風が駆け抜け、4月という変化の季節に挑む人達に寄り添ってその背中を優しく押す、そんな爽やかロックである。
私が思うにランズベリーさんはロックを歌うのがめちゃめちゃ上手い。元々ジャンル問わず歌が上手い人ではある(何せ月皇海斗役に歌込みのオーディションで受かってる人である)のだが、ロックとなると持ち味である声の張りの良さが存分に発揮される。
この曲がまさにそうだ。爽やかに、だが力強く、大丈夫、町中には幸せが溢れているよと聞く者の背中を押してくれる。
私個人としては今年の春に大きな環境の変化があった訳では無いのだが、それでも年度の変わり目にこの曲があったお陰で心持ちがだいぶ楽になった。

バベル

一ノ瀬志希(CV:藍原ことみ)、二宮飛鳥(CV:青木志貴)

ゲーム『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』収録

元々好きな曲調で実装時も「好きだなー」くらいの感覚だったのだが、7th名古屋のパフォーマンスでぶっ飛ばされた。ので銀賞。
ゴリッゴリのEDMに可愛らしいのにどこか妖艶な志希と中性的で力強い飛鳥の歌声が乗って、これでもかと「厨二病」的ワードが散りばめられたクセの強い歌を歌っているのだが、歌っているのがこの2人なのでめちゃめちゃカッコイイししっくり来る。ダンスミュージック強いなあシンデレラ……。

眠らぬ夜にスパシーバ!

山下次郎(CV:中島ヨシキ)、神谷幸広(CV:狩野翔)、古論クリス(CV:駒田航)

ゲーム『アイドルマスターSideM LIVE ON STAGE!』収録曲

ロシア曲である。オタクの半分くらいはロシア周りの何かしらの概念が好きだと思う(偏見)。
白夜のカーニバルを三人のアダルトアイドルが陽気に賑やかに、しかし大人っぽく彩る。
先にあげたインド曲もそうなのだが、ワートレシリーズは色々な国をモチーフにしている事もあって、SideMであまり使われなかったタイプの音を積極的に取り入れてくれている。この曲も民族楽器の音を多用しており、聞いていて非常に楽しい。
ライブ披露が非常に楽しみな曲の一つ。この曲のおかげでSideMのライブで「Ура!」「хорошо!」ってコール出来るの最高か。

特別賞

PRIDE STAR

315 ALLSTARS

ゲーム『アイドルマスターSideM』5周年テーマソング

12月18日発売だからギリギリ間に合った。
PRIDE STARは音源がゲームで公開されたのが7月なので満を持しての発売となる。
この曲を聞いた時のイメージは曲調、歌詞共に「DRIVE A LIVEの続編」。動き出した世界の中で踏み出した一歩はがむしゃらに歩き続けるうちにいつの間にか胸に輝く星になり、自信になり、プライド になった。だって俺達には仲間が、そして「君」がいたから。泣くわこんなん。Pの涙腺はガバガバ。

我ら、綾薙学園華桜会〜NEXT STAGE〜

team2年

TVアニメ『スタミュ(第3期)』第12話ED

「我ら、綾薙学園華桜会」は間違いなくスタミュという作品を象徴するナンバーだ。世代によりメンバーを変えアレンジを変え、全シーズンの第1話で歌い継がれてきた。
その上この曲はスタミュのキャストオーディションに使用された、文字通りの「課題曲」である。
その曲が、2年生14人バージョンで最終話の特殊EDとして流れたのだ。高まるなという方が無理な話だ。最高と叫びながら拳を突き上げても許される。心のUO1箱分折った。
割と世界でいちばん正しい課題曲の使い方だと思った。
円盤最終巻に映像特典で全画面バージョン付くんですか?!お得じゃねーか、買うしかねーな!

曲名すら知らない新曲、あるいはNear Future(仮)

Sound Horizon

Sound Horizon Around 15th Anniversary Special Site
ここの15周年ロゴクリックで聞ける。
どうせ試聴部分の後でほぼ別の曲並の転調するんでしょう?!と思いながらも公開されている部分がRevoらしさ全開ながら初めての和モチーフが見え隠れするとても美しい曲なので今から発売が楽しみである。いつ発売かは不明だけど。
ちなみにこの記事書いてる途中でRevoがブレデフォ2のBGMを担当する事が発表された。来年進撃のアニメもありますけど陛下ちゃんと寝てる……?

以上が今年の個人的楽曲大賞である。
2019年は上半期の記憶がやや薄く(プロミとSideM4thはめちゃめちゃ楽しかった)下半期にスタミュ3期とウルトラマンタイガに狂い倒していた関係で下半期がとにかく濃かったのだが、私の推しコンテンツはとにかく音楽に恵まれているなあと思う。
あとこの記事の大枠が固まった頃にアイマス15周年テーマソングの試聴が発表されたのだがそっちの話は来年に持ち越したい。男女混声のテーマソング、いい……!

来年はアイマス15周年とサンホラaround15周年!

サインが署名のキャラが好きだ

先日、スタミュ3期華桜会メンバーのサインが公式Twitterで公開されたのだが。


応援しているキャラであるところの冬沢亮のサインが「サイン」というより「署名」だった。
すごい。最高だ。ここまで完璧な署名は早々見れるものではない。留め跳ね払いが教科書通りにきっちりかっちりしている。多分小学校の時は硬筆コンクールに本気で取り組んでいたタイプだと思う。このサインとあとは冬沢亮名義の成人済みの戸籍と書類を用意すればクレカの審査通っちゃいそうである。

以下のツイート添付の画像でスタミュ二期までの主要全キャラ分のサインを見ることが出来る。


もうこの23人分のサインの個性の溢れ方が本当に素晴らしい。ほぼ日本語覚えたての楪は平仮名で名前を書いているし、天花寺はシンプルに名前を書いているだけなのに筆文字故「梨園の貴公子」らしさが際立つ。戌峰や蜂矢は自分の名前に入った動物を中心に置くことでイラストっぽい可愛らしいサインになっている。
そして柊のサインも署名である。柊の字は初登場(高3の春)時17歳、2期時点で18歳であることを考えればかなり大人っぽい。銀座の伊勢丹あたりでカードで支払う人が書きそうなサインだ。MasterCardのCMとか多分出れる。

私が思うにキャラクターのサインは、小さなシンボルの中にそのキャラの個性が思うままに発揮される場である。
それはスタミュに限った話ではない。
アイマスのアイドルで好きなサインのデザインを並べてみた。


(左上から右に姫野かのん、葛之葉雨彦、速水奏二階堂千鶴

サイン一つでキャラクターの個性が良く見えてくる。かのんのことをよく知らなくてもかのんが可愛い物好きな事が伝わるし、雨彦がなかなかの曲者という事が分かる。奏は背伸びしたい大人っぽい少女だし、千鶴さんは大人らしさの上にちょっと過剰なまでの華やかさを加えている。

そして以下が、私の好きな「サインが署名っぽいアイドルのサイン」だ。


(上から大河タケル、握野英雄、萩原雪歩

サインが署名になっているキャラクターは、マジックで、ただシンプルに、役所の書類に記入するかの如く己の名前を書いている。
個人的に、サインが署名になっているキャラは、サインを考えた時点で「超真面目」「不器用」「芸能人っぽいサインを書く事への照れがあった」のいずれかであると思われる。タケルのサインなど「名前を書くだけだけどちょっとサインっぽくしようとした」感じの文字の跳ね方もあって更に可愛い。

ちなみにかなりのレアケースとして、「真面目ではあるもの不器用でもないし照れがある訳でもない、ただありのままの己が最強である故にサインが署名になったのであろうキャラ」もごく稀にいる。名前は出さないが二人ほど知っている。

私がサインが署名になっているキャラを好きな理由は、一見没個性な「署名」形式になっているにも関わらず、サインが署名というごくごくシンプルなその一点だけで個性の表明が出来てしまう所だ。

さて、華桜会の例で言えば、冬沢は他の四人が芸能人っぽいサインを提出する中淡々とシンプルに自分の名前を書いたのだろう。
周りの四人は突っ込むに突っ込めない。幼馴染の千秋は「それサインていうか署名だろ……?」って言うくらいはしたかもしれない。
だが冬沢は潔癖なまでにチャラチャラした事を嫌う真面目な優等生である。己の目指す所がトップスターの役者であろうとそれは変わらない。自分以外の人間がやるならともかく、自分がそんな英字やら崩し字やらの小洒落たサインを書く事は彼の硬派過ぎる美学に反している(多分)。ついでに千秋との関係も拗れに拗れている。例えお前のことが嫌いだけとまだ別の感情が胸にあるとしても、それはそれとして日頃の態度は冷たいものだ。若干むっとしながら「何か問題でも?」と返して終わりである。会話はキャッチボールになる前にボールが叩き落とされて終わる。
入夏が「Iri」の崩し字をガって書いてハイビスカスの判子バンって押してはいおしまい!と爆速でサインを書き上げているその頃冬沢は丁寧に冬沢の沢のさんずいを書いているのだ。多分。

そして同じように五人組で一人だけサインが署名のグループがある。SideMのHigh×Jokerだ。

(一応左上から右に向かって伊瀬谷四季、秋山隼人、若里春名、左下から冬美旬、榊夏来)

冬美旬のサインだけ見事な「署名」である。
季節が名前のモチーフとなっているグループで、「冬」担当の人のサインが署名という偶然の一致がちょっと面白い。他は全く似てないグループなのに。
旬は初期の頃はアイドル活動に興味がなく、しかしやるからには本気で、とハイジョとしての活動に取り組む内にアイドル活動を楽しむようになったキャラである。 
恐らく旬のこのサインは、アイドル活動始めたての頃に考えた物だろう。ハイジョのみんなでアイドルっぽいサインをワイワイ言いながら考えている中、「そんなサインなんて……普通に名前じゃだめなのかな……」と試行錯誤した結果「署名」に落ち着いてしまったのだ。多分。
おまけにハイジョの皆はサインが署名であろうと特に突っ込まない。旬が最初に相談するであろう夏来は自分の無骨ですらあるカタカナ三文字のサインを完成させながら「ジュンらしくて……かっこいいよ……」と言うし、めちゃめちゃ可愛いサインを書いている隼人だって「ジュンらしいじゃん!」と100%本心で言ってくれる。旬もだんだん、これでいいかな、と思うようになる。
結果、旬のサインは「署名」になるのだ。

さて、話を冬沢に戻そう。
冬沢は初めてのサイン会の後、「俺のサイン、書くの時間掛かるし疲れるな……」と思い始める。
サインというか署名なので、そりゃ時間が掛かる。
彼は何しろとてつもなく真面目なので、サイン(署名)を色紙に書きながらファンとは丁寧に言葉を交わすし、文字だってなるべく丁寧にと心掛けるだろう。だが、自分の名前を丁寧に百何枚と書き続けるのはきっと大変である。
多分、後半になるにつれて字がじわじわとよれる。最後の方になると冬の下が点二個になってしまうサインとか出てくる。そんなサインを書き上げてしまい彼は「すみません、字が汚くなってしまって」とファンに心から謝罪するが、ファンはそんな気にしないでください!と返す。ファンからしたらいつもパーフェクトな立ち居振る舞いの冬沢が少しだけ隙を見せてしまう展開にまた心ときめいてしまうやつだからだ。
だが完璧主義者の冬沢は自分のそんな失敗を胸に刻み、次のサイン会までに克服して見せようとする。常に同じくらい丁寧なサインを、とペン習字の練習なども始める。恐らく彼には自分のサインを変えるという発想など毛頭ない。
「冬沢さんよくそのサイン書き続けられますよねえ」なるからかいを、洒落た英字のサインを書く後輩の南條にされても気にもとめない。
そして彼は二度目のサイン会ともなれば、最初から最後まで一定のクオリティでサイン(署名)を書き上げることが出来るようになる。二度目のサイン会までの間に恐らく二、三年はあるだろう。その間に冬沢は舞台のキャリアを着々と積む。ファンも増えるしサインすべき色紙の枚数も増えている。だが彼はやり遂げるのだ。そしてファンの間で「冬沢さんのサイン力が上がった」と話題になる。
己のすべき事を完璧に成したという達成感と僅かな安心感を胸に、彼はこれからも署名のサインと添い遂げるのだ。
その署名のサインは、共演者との寄せ書きサイン色紙の中でも確実に異彩を放つ、しかしハッキリとしたインパクトを残していくであろう。他の俳優ファンからも名前をすぐに覚えられる。何しろ「初見でも一目見ただけで名前が読める」サインなのだから。
しかし冬沢にとってのサインは己を表す記号の一つに過ぎないとしたらどうだろう。個性の発露の場としてはそこまで重要視していない可能性があると考えてみるのだ。

それでも冬沢のやる事は恐らく変わらない。
仮に彼自身がサインを重視していなくても、世間がサインを欲するのだ。であれば彼は完璧主義者故に完璧にサインをし続けるのであろう。重要視していないから手を抜く、などという事は彼の美学では許されない。
たとえちょっとめんどくさくても、入夏が崩し字+ハンコという爆速で終わるサインを確立させてサイン会ではサイン書いてる時間より手ぶらでファンと話してる時間の方が長いくらいでも、彼は気にする事無く丁寧に己の名を書きながらファンと向き合い続けるのだ。多分。

誰もが冬沢のように署名のサインを続けられる訳では無いだろう。サインが署名のキャラの中にはまだ十代の子もいる。というかこの記事で例にあげたサインが署名のキャラは英雄以外全員十代である。サインを変えたくなったら別に変えてもいいと思う。

だが、例え彼らが芸歴の途中でサインのデザインを変えでいずれ署名じゃないサインを書くようになったとしても、私はデビュー当時の彼らが同じ事務所やユニットメンバーのサインを見たりして悩みプロデューサーに相談したりしながらも、あるいはそれが正道であると確固たる自信を持って自分のサインを署名として提出したという点に私はとても愛おしみを覚える。
一見無個性であってもそれは間違いなく個性だ。
サインを考えた頃の手探り加減あるいは確固たる自信ゆえの輝きが、署名のサインには確かに詰まっているような気がするのだ。

爆丸が帰ってきた

爆丸バトルプラネット一話を見た。
見終わった時に胸の内によく分からない熱い物が込み上げてきてちょっと泣いたので、この記事を書く事にした。

まず私は爆丸バトルプラネットの前作にあたる「爆丸バトルブローラーズ」シリーズのファンである。このブログで記事を書いた事もある。
k-iruka417.hatenablog.com

こちらの記事でも言及している事だが、私は当時よりいわゆる「大きいお友達」に該当する側の人間なので、自分がいくら爆丸のおもちゃを買って二次創作をして布教をした所で、本来のターゲット層におもちゃが売れなければあまり意味は無い、つまり自分の応援活動はコンテンツ存続の助けにはあまりならない、という事は当時から承知の上でファンをやっていた。
公式に存在を認知される必要は無い層の人間なのだから勝手に好きでいようと当時から完全に割り切れていたかと言うとそうでも無いのだが。4期日本放送が無いと知った時は流石に大いにへこんだし今でもちょっと引きずっている。

4期日本放送が無いのを知ってから約7年が経過して、それから暫くは爆テクで展開していた爆丸の玩具展開が終了しておよそ4年が経過した。
海外サイトで噂レベルで聞いていた「アニメシリーズのリランチ企画」が無事実現して(だいたい海外サイトの報道は早漏なので報道されてから企画がポシャることも多い。バトルブローラーズハリウッド映画化とか)北米での放送が始まっているのを知ったのが、2018年の秋から年末にかけての頃だったと思う。
そして、そのリランチ作品は無事日本で放送開始された。
それが、爆丸バトルプラネットである。

バトルプラネットの日本放送開始をコミックナタリーのツイートで知った時は嬉しさのあまりちょっと泣いた。
爆丸の新作アニメを見る事が出来る。それも日本で。映像で。海外wikiの英語で書かれたあらすじとか読まなくていいのだ。
勿論バトルブローラーズの4期をやって欲しい気持ちが消えたわけではないのだが、それでもまたテレビアニメで爆丸バトルを、爆丸と子供達の物語を見ることが出来るのはとてつもない喜びであった。

そして、気が付いたら放送日を迎えていた。

バトルプラネットの世界は、私の大好きなバトルブローラーズの世界とは地続きではない。
私のよく知る男の子と同じ名前だけれど別人の男の子と、名前の同じ違う爆丸
それでも、私が大好きな世界と根幹のよく似た魂を持った世界がそこには広がっていた。
爆丸と運命的に出会う子供達。インターネットで形成されたコミュニティ。怪しい仮面。
リランチってこういう事か、と腑に落ちた気がした。
前作のいい所を汲みながら、新しいキャラクター達が全く新しい物語を紡ぐ。洋画でよくあるリランチの手法そのものだ。
これを日本で見れるというのがやはり嬉しかったし、生きてれば良いことあるものだ、としみじみした。
ついでではないがバトルプラネット一話はアニメそのものも出来が良い。
絵はいいしキャラの動きは可愛いし見せ場の爆丸バトルは迫力がある上パートナーの子供達のアクションもあって見ていて非常に楽しい。脚本もスピード感がある。クレジットで知ったが脚本はアニメ「アルティメット・スパイダーマン」などを製作していた海外アニメスタジオのMan of Actionだった。そりゃ面白くなる。

まだ第一話しか放送されていないのでこれ以上作品について語るのは避けるが、私の心の満たされていなかった部分が満たされ始めるのを感じる、そんな第一話だった。

爆丸が帰ってきた。
今はその実感でただただ胸がいっぱいである。

仕事でリアタイ出来なくても「リアタイ出来ない」つまり「放送されている」事実がただ有難い。もう何度か寝れば最新話が見れるようになる。4月下旬にもなれば爆丸がおもちゃ売り場に並び始める。そう、今の私は爆丸のアニメが放送されている世界に生きているのだ。こんなに幸せでいいのだろうか。

所詮私は「大きいお友達」なので、私がおもちゃを買ってアニメを見たところであまり大きな意味があるとは思えない。結局、子供に受けなければホビー系コンテンツは存続し得ないからだ。
それでも好きなので爆丸は買う。誰を買うか今からすごく迷っている。今はデザイン的にペガトリクスかハウルカーで迷っているが、今後もっと鳥感のある爆丸が出てきてくれたらそちらに転んでしまうかもしれない。
アニメだってテレビで見た上で配信サイトで何回も見る。
自分が公式が認知する必要の無い層の人間でも構うものか、だ。好きなのだから勝手に推させてもらう。

ただ爆丸にはなるべく長く続いて欲しいので、今シリーズの日本展開を担当しているタカラトミーさんには頑張って欲しい。マジで。ひたすら子供たちのために硬派に展開して欲しい。大きいお友達の方とか見なくていいから。古いオタクのこっちを見ないでターゲット層の子供達を見てくれ頼む。大きいお友達見るのはターゲット層に売れてからにして。
TLのオタクには人気あるのにWHFで子供の集まりが悪いブースとか見ると本当にいたたまれなくなるからそれは何とか回避して。
でも大人限定大会とかやってくれるならちょっと行きたい。完全新環境になるから多分デッキ組みやすいし。

それはそれとしてバトルブローラーズ4期を日本でやって貰うまでは4期見たいと言う心積りだ。
1〜3期の玩具周りの日本での権利はセガトイズにありそうだから1〜3期の配信も難しいのだろうか。バトルプラネット放送開始発表とほぼ同時にバトルブローラーズと爆テクの公式サイトがあにてれから消えた時点で権利関係複雑になってる可能性は察した。(バトルブローラーズは制作会社のトムス・エンタテインメントのサイトにほぼ同質の情報が残ってはいる)
www.tms-e.co.jp
私としてはバトルプラネットが日本で放送されているからバトルブローラーズ4期を見なくていい、となった訳では無いのだし、その辺の権利上手いことすっきりさせてネット配信もやって欲しい。
まあ今は日本から北米Amazonの商品買いやすくなったからBlu-rayなら海外から輸入して日本で見れなくはないけど多分Blu-rayは出てない……DVDはリージョンコードが合わないしリージョンコード合わない物を無理やり再生すると再生機器が壊れる事があるらしいのでやめておく。

とりあえず今は、およそあと一年週に一回爆丸の新作アニメに浸れる状況を何よりも有難く思いながら過ごそうと思う。もう少ししたら爆丸の実物も手に取れるようになる。

自分が求められていないファン層の人間であったとしても、爆丸には長く子供に愛されるおもちゃであって欲しいから、これからも片隅でひっそり応援し続けて行きたい。

この時代に個人サイトをやるメリットとデメリット

pixivやTwitterのUI改変規約改定その他諸々の度に個人サイト回帰ツイートが回ってくる。
そうは言いつつ現代のオタクはpixivやTwitterの規模と便利さに慣れてしまっているからなんだかんだそのままそこにい続けている人が大多数である。

とはいえ自分の作品をネットに公開している人間にはそれぞれの理由があるし、その中には個人サイトが一番向いている人だっていると思う。

もうすぐ平成も終わるこの時代に二次創作個人サイトを運営してる人間として、個人サイトが一番向いていたらしい人間として、一度この記事を書いておくべきだと思った。

2018年5月頃、私はpixivに載せていた小説の半分以上を削除した。
そしてレンタルサーバーを借りて、wordpressというオープンソースソフトウェアを使って過去作を全て掲載した個人サイトを開設した。現在でも月一以上のペースは保ちつつ更新している。
ジャンルはいわゆる「よろず」。私が二次創作で過去扱った、現在扱っているジャンルの作品ほとんど全部を扱っている。
ちなみにwordpressを選んだ理由は「操作経験があるから」である。あと転職活動の時にWebサイト運営経験を履歴書に書いて話のネタにでもしてやろう、みたいな下心はあった。

当記事では、個人サイトを運営していて感じたメリットとデメリットを3つずつ挙げている。
ただ私が個人サイト運営の現状にそこまで大きなデメリットを感じていないため、デメリットとしている部分は「正直私にはあまりデメリットではないけどこういう人には辛いのでは?」という想像に基づいている物がある点を先に了承していただきたい。

個人サイト運営のメリット

1.全てを自分のペースで運営できる

ブクマ数とか点数とか気にする必要がまったくない。
私にはこのメリットが一番大きい。
私は作品を書く上で承認欲求が邪魔になってしまうタイプだ。
点数が欲しい・多くの人にウケる作品を書きたいと少しでも思ってしまうと自分の書きたいものが書けなくなってしまうし、他人にウケる物より自分の書きたいものを最優先したいので、好き勝手出来る個人サイトを開設したのは非常に大きい。
そもそも二次創作をしているのだって九割が自分の為だし、それをネットに公開しているのは同じ物が好きな人へのお裾分けの気持ちが大きい。

更新ペースを気にする必要もない。
人口の多いジャンルの作品と人口の少ないジャンルの作品でブクマの桁が違って、どちらも同じくらい好きなのに若干落ち込んでしまう必要も無い。
「これpixivに単体で上げるには話が短すぎるな……」とかも気にしなくていい。

お陰でpixivにいた時より伸び伸び楽しく書けている。
自分の好きな物を好きなだけ、いくらでも書ける自分のホーム。それが個人サイトだと思う。

2.サイトの外観と構成を好きに弄れる

私はサイト作成にはオープンソースソフトウェアのwordpressを使っている。
wordpressはちょっとやり方を調べれば初心者でもそれなりに見えるサイトを簡単に作れるので凄い。
更にHTML5とかCSS3とかphpとかJavaScriptといった言語の知識を仕入れれば割と何もかもが思い通りになる。

wordpress使わなくても簡単に個人サイトを開設出来る方法は色々あると思うしHTMLサイト用のテンプレートなんかもあるので、個人サイト開設を検討している人は色々調べてみて欲しい。
サイトの外観を弄れるようになれば特定のセリフだけ灰色にしたり特定の作品だけ赤文字黒背景にしたり特定のセリフだけフォントを変えたりが思うままに出来るようになる。
あと裏ページへの行き方とかも自分で楽しく考えられる。自分で一からサイトの構成を考えて実装するのは意外と楽しい。ただし面倒でもある(後述)。

3.自分が死ねば半自動で公開されなくなる

これは有料レンタルサーバーを利用している者に限った話である。
私はスターサーバーの月額300円程度のプランでサーバーを借りて半年毎に一括で支払っているのだが、つまり自分が死ねば支払う人間がいなくなり、支払い遅滞と見なされサーバー側からサイトはWeb上に公開されなくなる。
個人サイトに限れば、死んだ後の自分の作品の心配をする必要はほぼない。

ただし私とは逆に、自分が死んでも作品は残って欲しい人にはこれは大いにデメリットだと思う。そういう人は電子だけで満足せず同人誌作って紙にして残した方がいいと思う。良くも悪くも紙なら燃えたり水没したりしない限り残るから……。

なお私は自分のサイトに広告表示させたくないので有料プランを契約しているのだが、同人サイトに利用出来る無料のレンタルサーバーだってそれなりにある。広告邪魔だろうけど。

個人サイト運営のデメリット

1.人が来ない

マジで人が来ない。
ランクサイトに登録しても、Twitterで逐一更新のお知らせをしても、やっぱりpixivに比べると閲覧数は激減する。今時ランクサイトを覗いて自カプサイトをサーチして更新チェックして……とやっている人は本当に少ないのである。
そもそも自分が扱ってるジャンルのランクサイトが存在しない事もある。
そんなわけで自分の為に二次創作してる私のような人間でも「これ同カプ者に作品届いてなさそうだな……」と危惧するレベルに人が来ない。
これが現代を生きる承認欲求が強い人に個人サイトが向いてない理由。
でもその分、来てくれる人の存在がとても有難いのである。

2.感想が来ない

当たり前だが人が来ないので感想も来ない。
そういう訳なので、感想が来ないと創作を続けていけないタイプの人にも現代で個人サイトをやるのはあまりお勧めできない。15〜20年前ならいざ知らず。
けれどその分、稀に拍手から感想をくれる人の存在はとても有難い。

3.構築とメンテがめんどくさい

現代ではインターネットを利用する際にスマホとPCが主に使われるので、スマホ版とPC版の2種類のレイアウトを構築する必要がある。
wordpressであればPCとスマホそれぞれの画面に合わせて表示を最適化してくれるレスポンシブ対応のテーマを選べばこの点は軽々クリア出来るので、私にはあまり大きな問題にはなっていない。フォレストも最近はレスポンシブ対応でサイト組めたはず。
ただHTMLで一から構築するのは、言語知識がないと本当にきついと思う。

そして自分で運営してるので、定期的な自力メンテナンスは必要。
サーバーのメンテナンスはサーバー運営会社がやってくれるけど、サイトそのもののメンテナンスは自分でやることになる。
これが意外とめんどくさい。
アクセス解析して不審なアクセス痕跡が無いかたまに確認しないといけないし、サイト構築に使ってるソフトやテーマのバージョンが上がる度に一応サイトに影響無いか確認しないといけないし、レイアウト弄った時にも主なページに悪影響が無い事を確認しないといけない。

現代の作り手オタクがpixivに流れるのは、構築とメンテが面倒なのも多分にあるからだと思う。
個人サイト全盛期を通って来た元個人サイト運営者の方々でもTwitterやpixivがメインの活動場所になっている人は多い。
流石に私もめんどくさいと思っているし、これから個人サイトをやろうとしている人にはちゃんと伝えるべきだと思う。

あと当たり前だがレンタルサーバーにも規約はある。
レンタルサーバーで「同人サイトNG」「たとえ絵・文章だけでもアダルトコンテンツNG」などの規約があればそれに従わねばならないから事前にサーバーの規約はしっかり確認しなければならない。 そしてもしそれが後から追加されて自分のサイトが規約に引っ掛かるのであれば、サイトを新しいサーバーに移転しなければならない。
もっとも、個人サイトであればサイトのソースファイルや作品データを持ってサーバーだけ変えるという引越し作業がSNSよりはやりやすい面もある。


以上、個人サイト運営のメリットデメリットについてつらつら述べてみた。
まあなんだかんだ今回もみんなTwitterやpixivに居残るんだろうなあと思っているが、それでも時代が変われど個人サイトが一番合っている描き手・書き手だってきっとどこかにいる筈だ。
この記事が少しでもそういう人の参考にでもなれば幸いである。

映像全般を見る体力がどんどん減っている

これは最近の割と深刻な悩みなのだが、映像全般を見る体力が無い。
体力が無い訳ではない。集中力が無い訳でもない。
ただ映像を見るのに使う体力だけがどんどん減っている気がするのだ。

1時間使ってソシャゲの素材集め周回。余裕。
3時間使って小説1冊の一気読み。問題ない。
2時間使って4話分の30分アニメ一気見。物凄く疲れる。これは別に一気見に限った話ではない。1クールに2本以上のアニメを見れなくなりつつある。

ここ1年以上は1クールに1本見るのが精一杯。2018年に見た地上波放送の新作アニメ、ポプテピピックグリッドマンと理由あってMiniとFate年末特番のあれそれくらいしか思い出せない。それとアニメじゃないけどウルトラマンR/B。

とはいえ映画館で映画を見る分にはそこまで体力を消費した/疲れたという感覚はない。流石に洋画のめちゃめちゃ長いエンドロールは疲れるのだが、映画館にはそこそこ足を運ぶ。ちなみに最近見た中だと「来る」はエンドロールが超高速なので最高だった。
多分自宅でテレビないしPC・スマホの前で大人しく映像全般を見る事が出来なくなっているのだ。

中高生の時は1クール10本とか余裕で見てたのだが。当時は長期放送のアニメの本数が多かったのを差し引いても深夜アニメを1クール5本以上は絶対見てたのだ。今となってはどう考えても不可能。当時の私どういう体力だ?

アニメをあまり見なくなった件については、歳を重ねて嗜好が変化した、また社会人になった事で時間の余裕が少なくなった、の2点で一応説明が付く。
正直最近はアニメ見るより小説読んだりソシャゲで推しを最強にしたり推しの現場に行く方が楽しいし。それに平日フルタイムで働いて休日は現場か丸一日休息日の2択なのでアニメ見る時間もろくにない。
ただ、連休などで時間があっても映像を見る体力が減っているから映像はほとんど見なくなった。
3時間近いライブ円盤を見るのも疲れるから通しで見るのは1度見た切りになりがち。買ったテレビアニメの円盤は1度見たアニメだからほとんど開けない。いや特典映像は見る。先日届いた実写BLEACHの円盤も本編は1回見た切り(ただし石田雨竜のキャラクターメイキング映像は十回くらい見た)。もうすぐ届くSideM3rd福岡公演のBlu-rayは何周見れるんだろう。

別に見たくない訳では無い、ただ「見るのが億劫」ではなく「疲れるのが億劫」で結果映像を見なくなってしまう。
とは言えジャンプ公式がYouTubeに上げてるアニメ版BLEACHの父親コンビ正体カミングアウト回は元より大好きな回なので何周かしたしふと思い立ってクロスアンジュカブトボーグを見返したりとかはしてるので、昔見た映像であれば既知の情報として頭に入れやすいしあまり疲れないのかもしれない。

じゃあ新しい物に対する興味が無くなったのかと言われればそういう訳でもない。
読んだことの無い作家の小説や漫画には最近よく手を出すし。
ただ、映像を見る体力を取り戻したい。

で、何でこんな記事を書いたかと言うと、スタミュ3期の放送と、ロード・エルメロイII世の事件簿アニメ版の放送時期が2019年7月に被ってしまったからである。
そしてまだ発表こそされていないものの、7月はウルトラマンシリーズの新作が放送される月だ。

見たいものが1クールに3本(推定)。
今の体力で見れるかどうか非常に怪しいラインである。

勿論アニメを見るのも特撮を見るのも誰かに強制されるべきものでは無い。自分の意思で見たいものを見るのがよい。
ただ、自分の意思で見たいものを全部見るだけの体力が、今の私には無い。
多分、このまま放っておくと徐々に私は新しい物への興味まで失って「昔のコンテンツをこねくり回すだけのオタクの残骸のような何か」と化していくのだろう。それになるのは多分まだ30年くらい早い。そう思いたい。

さてどうした物か、と考えた結果とりあえず、基礎体力作りをしようと思って軽い筋トレから始める事にした。
筋トレで基礎体力作りをしたら1クールに3本見れるようになるのかどうかは分からないのだが。
ただ、見たい物を見たいと思っているタイミングで見れる体力だけは常に用意していたい。夏クールまでは幸いまだ5ヶ月ある。
好きな物のために、今よりちょっと頑張って見ようと思う。

公式媒体のシナリオ改変が原因で体調崩した時の話

アニメや漫画ゲームといった、とにかく「自分以外の誰かが作成した創作物」全般が好きな人ならば、「自分の好きな作品がメディアミックスとして別媒体で展開される」という体験を一度はした事があるのではないかと思う。
アニメ化、漫画化、ゲーム化、小説版、劇場版、キャラソン、舞台化、実写映画化、などなど。近年は初めからメディアミックスプロジェクトとして複数媒体で展開されているコンテンツも多い。

それらのメディアミックス作品は原作の手をある程度以上離れた上で作成される。そしてそれらのメディアックス媒体作品には必ずと言っていい程「原作サイドの外部の人間の目」という、原作者は勿論、原作の鑑賞者とは決して同一ではないフィルターが反映される。
故に時として、「メディアミックス版との解釈違い」「メディアミックス版での設定・シナリオ改変」が起きる。

原作と全く違う展開のシナリオ。
舞台版・実写版の好きなキャラのビジュアルの再現度が微妙。
好きな作品のゲーム版が率直に言ってクソゲー
原作キャラのパーツだけ借りた美少女化。
映像化にあたっての性転換。
○○はそんな事言わない。
そのコラボキャラのスキル名の元ネタ原作じゃなくてコラ画像ですよね?原作ちゃんと調べてからコラボしてます?そのキャラのコラ画像元シーン出て来るの単行本4巻ですよ?調べるの簡単なはずですよね?原作ちゃんと読んでるんですか?

色々ある。まあ色々ある。自分とその周辺で起きた事例を思い出しただけでこれだけある。勿論これらは全て、作品を好きなファンによる個人の感想である。(一番下のやつは解釈違いとかそれ以前の問題だが)
ともかく、こういった「解釈違い」(あえてこう表記している)に対して原作ファンは自分の中でそれらと折り合いを付けたり、平行世界だから仕方ないという事にしたり、その媒体のいい所探しをしたり、その媒体は見なかった事にしたり、その媒体のアンチに回ったりする。
結果として原作だけ愛でていれば良い、という状態になる原作ファンもいる。だが時に、その原作すら自分に合わない物になっていく事がある。

前置きが長くなったがこの記事は、私の極めて個人的なそういう思い出話と、それから5年経った2018年12月にいい加減そのもやもやに決着を付けようとしての一人反省会である。
なお、そのコンテンツの具体的なタイトルは伏せるつもりでいる。伏せるのはタイトルだけなので、軽く調べればすぐ何のタイトルかは分かると思う。
ただ、今でもそのコンテンツを好きだったりこれから好きになる人がタイトル名で検索してこのお世辞にも愉快とはいえない記事に辿り着くのは嫌なので、作品名だけは伏せる事にした。

また、もう一つ断わっておきたいのだが、この記事はつい最近(2018年12月17日頃)Twitter上で起きた「公式との解釈違い」論争が原因で書かれたものでは無い。
私の極めて個人的な事情で、2018年のクリスマス前後を目処に公開しようと11月下旬から用意していた物である。
そもそも原作以外の公式媒体の大幅な設定改変とかシナリオ改変とか原作側が設定をあまりにコロコロ変えるとか、そういうのを解釈違いと呼ぶのはどうなんだと個人的に思っている所も無くはないのだが、それについてはこの記事の主旨からそれるので深くは語らない事にする。

1.5年前

さてまずは、私が5年前に好きだったゲームシリーズのアニメ版の放送期間中に原作ゲームが発売され、発売日に購入して1週間でメインシナリオをクリアして原作ゲームのシナリオの映像化をわくわくしながら待っていたら残り5話くらいまでは原作とほぼ同じシナリオだったのに残りひと月分の展開が原作ゲームのメッセージ性全く汲んでないし尺とか構成とかちゃんと計算出来てるのか怪しいシナリオになってて最終回放送日のクリスマスに死んだ目でクリスマスケーキを胃に押し込みその日からひと月ほど軽度の睡眠障害と食欲不振に苦しんだ話をしなくてはならない。今した。

正直当時の事を思い出すだけで未だに心身に支障を来すので、詳細は省きたい。今でもクリスマスの装飾を見るだけで当時を思い出してちょっと胃がきゅっとなる。 
何故そこまで打ちのめされてしまったかと言うと、原作ゲームのメッセージ性の部分に大きく関わる筈の私の好きなキャラの扱いが酷かった。それに尽きる。

そもそも私は基本的に「好きなコンテンツの公式が出してきた公式媒体はとりあえず受け入れとく」お花畑脳である。当時は今以上にその傾向が強かった。
公式が絶対。公式が出した物は全部受け入れるべき。そういうやつ。うん、考える事が若い。5年前だから実際若い。
そんな私に原作ゲームがまず「あなたの好きなキャラKは作中でbという役割を持ち、この作品に結果Aをもたらします」という解を与えてきた。
それは私にとって非常に喜ばしい解であったし、アニメでも当然それが描かれるのであろうとワクワクしていた。
それが描かれなかったし、Kが持つ役割bは完全に無視されて最終回に至ったのである。

え?アニメなのになんで原作と同じシナリオじゃないの?今までずっとアニメと原作が同じシナリオである事を心掛けていたんじゃないの?原作ゲームの会社って自コンテンツのアニメ化でそこを特に大事にしてたんじゃないの?そもそもベースのシナリオは今まで全く同じだったのに最後の最後で急にそこをピンポイントで変えたの?なんで?

正直シナリオ改変以外はめちゃめちゃ良かったのだそのアニメ。シナリオ以外は。キャラクターも、劇伴も、作画も、CGをフルに駆使したメカのバトルシーンも。それだけにどうすればいいの?という感じだった。シナリオ以外は全人類に見て欲しいレベル。ただシナリオ改変部分だけは私は受け入れられなかった。

そして「公式媒体なのに受け入れられない」という事態に心がバグって体の方に影響が出た。
最終回放送日の夜にずっと泣いていて2時間しか寝れなかったし、食事の量はその日からしばらく平時の3分の1程度しか食べられなくなった。睡眠は「2〜4時間しか寝られない」状態が1ヶ月、食欲不振は2、3ヶ月続いた。私の平均睡眠時間はおよそ7時間、可能なら9時間は寝たい。食事量はコンビニ弁当1つで1食が足りるレベル、と極めて普通である。それが急に睡眠時間は半分以下、食べる量は3分の1程度である。よく生きてたな。
勿論当時の体調は最悪だったのだが。
ただでさえカフェイン酔いしやすい体質なのに日中の異常な眠気(しかも昼寝しようとしても泣き出すので眠れない)を何とかするためにコーヒーを飲んでカフェイン酔いして慢性的な吐き気に苦しむ羽目になるし夜もカフェインが効きすぎてまともに眠れないという悪循環。ならカフェインをやめればよかったのかもしれないが、ぶどう糖でなんとかなるレベルではなかった。
更にその慢性的な睡眠不足・食欲不振がなんとか収まってもそれから1年くらい、月に1回25日が近付けば同様の症状が出るし何も無い時に急に涙が出て来る事も増えた。その頃はただの大学生で本当によかった。急に涙が込み上げて来るのは今でもたまにある。
たかがアニメに何をそんなに、と思うかもしれないが事実なので仕方ない。

そもそもそのコンテンツ、原作元のゲーム会社から既に見放されているのだろうという予感はあった。
アニメ放送中に開催された原作ゲーム会社の新作ゲーム・新情報発表会のイベントで発売日を控えていた筈のそのタイトルについての新情報は何もなし。それどころか発売告知すらなし。その2013年のイベントで発表された「完全新作」、まだ発売されてませんよね?
アニメ放送終了後に開催された東京アニメアワードフェスティバル第一回のアニメファン賞でそのタイトルのアニメ版はファン投票で一位を取った。当時のTAAFは純然たるファン同士の殴り合い。第一回開催という事もあって賞の知名度は低かった。それを活かしてファンは「この作品には根強いファンが付いている」という事をアピールするために一位をもぎ取った。だが結果発表時、それに対して原作ゲーム会社からも原作ゲーム会社の社長からもその事に対する言及は一切なかった。アニメ版公式アカウント?そんなものは無い。そして何故かそのトロフィーを受け取ったのは原作ゲーム会社の社長。なんで?そして円盤パッケージには「アニメファン賞第受賞!」とシンプルに描かれたかっこいいピカピカしたシールが貼られた。それだけ。それだけ……。この「かっこいいシール事件」は今でもちょっとしたトラウマとなっている。
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アニメファン賞については「所詮ファンの無料投票」という面もある。
だがこのアニメファン賞が、ファンの熱量を製作側に伝える大きな手段となっているのは確かなのだ。同年トップ10にランクインした某作品などは、アニメファン賞へのトップ10ランクインをきっかけにセルもレンタルも無かったのにTSUTAYA限定でレンタルDVDがリリースされた。

アニメ版に関わっていたスタッフや、ゲーム版にも関わっているキャストは個人のSNSで祝福してくれた。原作サイドからは何も祝福の言葉が無かった。なのにコンテンツの親ヅラしてトロフィーを受け取っている。いや生みの親なのは間違いないのだが、祝福の言葉すら無いのはどうなんだ。ほんの数文字SNSに投稿すれば済む話だろう。
同年のアニメファン賞で2位以下のトップ10入りした作品のアカウントがファンへの感謝の言葉をツイートしているのを見て正直すごく悔しかった。

原作サイドもそんな調子だったしその後他にも色々あって私はそのコンテンツからはもう足を洗っている。
その後そのコンテンツがどうなったのか風の噂レベルでは耳に入るがどうなったかとは興味を持たないようにしている。もう楽しむための趣味が原因で心身の調子を崩したくない。

一応強調しておきたいのだが、
・アニメ版のシナリオが終盤だけ原作と別物になった
・原作が原作サイドから見放されたような状況になった
の2点はほぼ別問題と私は考えている。
原作サイドが見放された掛けていたコンテンツが運悪くアニメ版のシナリオに恵まれなかったのだと。それが重なったから私は耐えられなくなったのだと。もしかしたら見放されていたからアニメ版のシナリオがあんな事になったのかもしれないが、その辺の大人の事情は自分が当時のファンであり元ファンと言えど外部の人間である以上は知る由もない。

勿論私とは異なるプラスな捉え方をして悲惨な思いをしていないファンはいるだろうし、マイナスな捉え方をしていてもついて行っているファンもいるだろう。
そういう人を馬鹿にする気は無い。むしろ強くて凄いと思う。私もそれくらい強く在りたかった。そうすれば今でも少しは素直にそのコンテンツを好きと言えたと思う。
他の人には耐えられても乗り越えられても当時の私には無理だった、と言うだけの話なのだ。

2.反省会

とは言え当時を思い出すうちに段々むかついてきて「私が何を反省しないといけないんだ?」と思い始めたが、一応反省したいポイントはいくつかあるのでここからは反省会。

  • ・コンテンツに過剰に期待した

まずコンテンツに過剰な期待を抱いたのがいけなかった。うん。まずそれが大きい。期待さえしなければ期待を裏切られて失望する事も無い。
ましてや相手はとっくに原作元から切られようとしてるんだろうなあというコンテンツだった。期待してはいけなかったのだ。
まあ今後の展開に期待せず金だけ払えと消費者に求めるのような振る舞いはどうかと思うが。コンテンツ企業として。
というか完結済みの1本のシナリオが用意されている原作を原作通りのシナリオでアニメ化する事を期待するのは別に罪でも何でもないというかむしろ割と当たり前の事だから期待以前の問題では?さてはこれ私が反省するべきポイントではないな?

  • Twitterから離れようとしなかった

メンタルをやられている時にSNSを見てはいけない。これは全てにおける鉄則である。増してやファンの間ですら賛否評価がいろんな部分で荒れたり荒れなかったりしたコンテンツである。
スマホを手放し緑地とか大きな公園にでも行って暖かい飲み物でも飲みながら穏やかに読書をして過ごしておけば良かったのだ。

  • ・病院に行かなかった

これは反省とか以上に本気で後悔している。
あの日心身がやられて、それが未だにぶり返す事がある。病院に行っておけばちょっとは今楽になったかもしれない、と思う。歳のせいもあるかもしれないがあれ以降自律神経とメンタル全般の調子が常に良くない。
まあアニメが原因で心身の調子を崩しました、とどこの病院に言えば良かったのかは未だに分からないのだが……。

  • ・好きな物を並行して沢山持っていなかった

当時本気で追い掛けていたほぼ唯一の好きなコンテンツがこんな事になったため、どこにも逃げ場がなかった。
今はどこで何が起きてもいいように4、5ジャンル並行して追い掛けている。あの出来事より前に追っていたコンテンツに再度ハマり直して楽しんだりもしているし、オタク系コンテンツ以外の趣味も持っている。好きな物を沢山持とうと決めたきっかけがマイナス過ぎるのは自分でも気になるが、好きな物が沢山あって良かったと思う事は多い。単純に人生が豊かになる。

  • ・そのコンテンツからさっさと離れなかった

これが一番の敗因だと思う。
ストレスを感じたらストレス源から離れるのが最善だって誰でも言う。そんなの誰でも分かる。
今ならそう好き勝手言える。
ただ、これだけは分かる。
それでもその時はそれが一番好きなコンテンツだったから離れるのは絶対無理にだったと思う。
それとそのコンテンツに対して、当時学生からすれば決して安くない額のお金を払っていたし、2011年に開始したシリーズ1作目からずっとハマっていたというのもあると思う。高校生までは貰っていたお小遣いや大学に入ってから始めたバイト代、趣味に使える分はほぼそのコンテンツに費やしていたと言っていいくらいだった。それに学生にとっての3年は長い。「こんなに時間とお金を使ったのだから離れたくない」という意識は多少なりともあった。

今にして思うと最初と最後のやつ以外は実践可能だったので、次にこう言う事故が起きたらこの経験は生かそうと思う。幸いここまで大きな事故にはこの5年でまだ遭遇していない。

だから、好きなコンテンツと自分の間で事故が起きたらSNSから離れてゆっくりするか、病院に行くか、別の好きなコンテンツに逃げ込むかするのが良いんじゃないかと私は思う。勿論人によって最前の対処法は変わるが、私の場合はその3択だ。
趣味のせいで事故って心身の調子を崩すくらいならまず自分を労わる方がずっといい。

3.最後に

最後に少し、この記事を書こうと思った理由の話をしたい。

この経験から5年経って、ようやく当時に対して心の整理が出来るようになった。
今まではずっと見て見ぬ振りをして凌いできたが、そろそろちゃんと言葉にして吐き出してすっきりして、当時の自分を成仏させるべきだと思ったのだ。平成も終わるし。「平成最後の」パワーは強い。

整理して向き合って長文をしたためて公開した所で自己満足にしかならないし、この記事で何か訴えたえてやろうという気もないのだが。
ただ、自分に起きた事をこうして書いて世間に公開すれば何かがすっきりするだろうと思った。長文にして公開してやろう、と思えた時点でもしかしたらある程度時間の流れが解決してくれたのかもしれない。
まあ未だに思い出すだけで胃はきゅっとなるしこれ書きながら何回かちょっと泣いたし吐き気にも襲われたのだが。真冬のクソ寒い自室とか帰宅ラッシュの電車内でこんな記事書くもんじゃない。

今では結局5年前のこの出来事は、自分とコンテンツの向き合い方を考え直させる切っ掛けとなった。
コンテンツに金と時間を掛けたからと言ってそのコンテンツが自分に応えてくれるとは限らないのだ。 
もしかしたら自分はそのコンテンツから見たら客ではないのかもしれないし、切り捨てて良しとされる層なのかもしれない。
メディアミックス媒体が原作の良さを殺しているように見える事もあるかもしれない。
そもそも自分が好きなそのコンテンツ自体が版元の会社からしたらもう切り捨てる対象なのかもしれない。

常に自分以外の誰かの決定に左右されていると言っても過言ではないのだから、オタク趣味は危ない橋の上を渡るような物だと思うし、その自覚は持っておいた方がいいのだろうな、と今は思っている。
頭とか胃とか心臓とか、色んな臓器を物理的に精神的に痛めながら追いかけたコンテンツだとしても、結局は自分以外の他人が作っている物だし、コンテンツ側もコンテンツを作る側もそれに対して責任を取ってくれない。
自分がそのコンテンツの全てを完全に理解する事など一生掛かっても出来る訳が無いし、そのコンテンツが自分に完全に応えてくれる事も、ある訳が無いのだ。
メディアミックスが盛んなコンテンツであれば何を摂取して何を摂取しないか自分で決めていいし、原作そのものが合わないなら自分の好きなタイミングで離れていい。
自分以外のファンがどう言うかとか、外野がどうだとか、流行ってる流行ってないとか、そんなのは些事だしどうでもいい事だ。
自分がそのコンテンツに抱く感情と自分自身をまず大事にする方がいい。
1度痛い目を見て、そんな当たり前の事にようやく気付いた。気付く事は出来たが心身のバランス崩しまくって今でも悪影響あるのは事実なので、やっぱり例のシナリオ改変と育児放棄した原作社の事は一生許さないでおこうと思う。

5年前のクリスマスにボロボロになった人間の、長い独り言は以上である。

最後に、せっかく読んでくれた人に少しでも益のある事をしたいので、ご飯が全然食べられなかった時に食べられた物・助けられた物を列記しておく。私の命はこれで繋がれたと言っても過言ではないかもしれない。
ありがとう食品開発してる人。
・チューブの生姜(蜂蜜と一緒に湯に溶かして飲むと美味い)
・へちま(適当に切って味噌と少量の水と一緒に煮込むとするする食べられて美味い)
ウィダーインゼリー(栄養取った気にはなれる。まず栄養取った気になって自己肯定感を得る事が大事だと思う)
・小さいチキンラーメン(3食100円のやつ)
・レトルトのお粥と梅干し
・携帯用の塩
セブンイレブンのねぎ塩豚カルビ弁当(私は食べる抗うつ剤と呼んでいる)
・一日分の鉄分のむヨーグルト
・ところてん
コンソメスープのJALのやつ(スーパーに箱で売ってる)
・豆腐(肉が食えない時でもタンパク質取れるし食べやすい)
・キレートレモン

こんな感じなのでいざと言う時参考にしてください。
それでは皆様良いお年を。